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戦艦金剛での発病

松浦二六
 


海軍中尉 松浦二六の戦歴
 
山城 金剛 呉鎮附 一九年三月一三日戦病死 二二オ
 県立佐伯中学校(大分) 
父安富 母スミ
 第五三分隊の通信係 軍歌係


 松浦二六少尉は、候補生の実習を山城で行ない、その後金剛に転勤となった。
 
 兵学校時代は余り頑健でなく、艦隊勤務の無理がたたったのであろうか、金剛乗艦中に発病して、呉鎮附となり、故郷の別府海軍病院に入院加療に入った。
 家族のお見舞を受け第一線復帰を念じていたであろうが中尉に任官する二日前の三月一三日死去した。一号時代は前述の分隊全員が今は亡き「悲劇の第五三分隊員」で、その最初の戦役者となった。